好きなのに嫌いと言ってしまうその心理

昨日の夕焼けも、最高にキレイでした。

函館市の隣にある七飯町という所から撮った夕焼け。

もう『神様~ありがとう!』と、叫んで涙があふれてきました。

好きだけど嫌い

この心理って、平面的に物を見ると、意味が分かりません。

さっき好きだったものが、手に入るともう嫌いになってること。

私には、良くあります。

人付き合いで、そんなことできるのは、恋人や家族です。

好きで好きで手に入れたのに、いざ手に持つと『それほどでもない』と思ってしまうのです。

いやいやいや。あなた何様?と

ツッコミを入れたくなるのですが。

人間って、本当そんなものです。

平面的に物ごとを見てしまうと、そうなのです。

『ねえ。あなた実は怖がりでしょ?』と、いきなり言われたとします。

『いやぁ。実はそんなことないよ。』と、言ってしまいそうですが、

『あなたこそ、怖がりなんじゃないの?』と、返してみます。

そうなると、二人とも怖がりのレッテル張られちゃうので、どちらかが

怖がりではない人と演じなくてはなりません。

でた!

これが、『怖がりだけど、怖がりじゃない』の術。

『好きだけど、すきじゃない』心理に似ています。

物事を知ってしまうと『そんなもの』で終わる

一旦、知ってしまうと、人間って余裕を持つことができます。

初めての場所、人、環境。

それぞれの体験、それぞれから見てみる視点。

知らないことが、『恐怖』なのです。

だから。好きな人を片思いしている方が、ずっとずっとキレイで居られたり。

人間って、本当におろか者ですね。(私の経験上、そういう結論にしかいたらない)

だから、大人はたくさんの経験をしているから、子どもへ余裕をもって、教育ができるのです。

ただ、知らない世界を、知ってみたいという、見たくないけど見てみたい心理は、

とんでもない世界へ行ってしまう可能性もあるのです。

好きでいたら、とことん好き

誰しも、好きなことや得意なことは、必ずあるはずです。

それを、どれほどの人が追求して世界を造ってきたのか。

好きだけど、ツッコミ入れられたら、答えられないから、嫌い。

好きだけど、面倒くさいから、やらない。

好きだけど、○○のせいで、いやだ。

好きだけど、のあとに必ず出て来る言い訳は、きっと自分に言っている言い訳にしかないと思うのです。

好きだけど、本当に好きだったら、ずっと一緒にいるし、ずっとやり続けるのです。

だから、子どもが本当に好きな物と出会えて、それに熱中する姿は、大人は学ばなければなりません。

意思は、神様からのプレゼント

すべてを気分で選んでいたら、何も進みません。

自分には、やる、やらないと言える意思があるからです。

選ぶのは、あくまで自分であること、それを忘れちゃいけません。

世の中で、男女の結婚があって、ロマンチックな結婚をしていても、

いつか必ず嫌だなと、思ってしまうことだってあるのです。

好きだけど、嫌い。

嫌いだけど、好きでいよう。(これ意思)

自分の意思を心から自由に選択することは、気分では乗り越えることはできません。

平面的に見てしまうのではなく、もっと立体的に物ごとを見なくてはなりません。

そう。立体的に考えるのは、男女の間に『神様』を置くのです。

キリスト教式で結婚式をした人は、十字架の前で誓ったはずです。

新郎〇〇、あなたはここにいる〇〇を、
病める時も、健やかなる時も、
富める時も、貧しき時も、
妻として愛し、敬い、
慈しむ事を誓いますか?

新婦〇〇、あなたはここにいる〇〇を
病める時も、健やかなる時も、
富める時も、貧しき時も、
夫として愛し、敬い、
慈しむ事を誓いますか?

この誓いは、深いですよね。

絶対どんなことがあっても、相手を愛します。という

契約だから。

契約は、簡単には破れない。

嫌いだけど、契約したから、守らないとなのです。

そこにあなたの意思があるのです。

愛し続けよう、という意思。

好きでいよう、という意思。

だから、好きだけど、好きじゃない。

でも一緒にいる、という意思。

こうやって、夫婦って成り立っている、と思うのです。

立体的に見る視点

これは、聖書の神様を間に入れないと分かりません。

上から見ていてくださる、横にいて助けていてくださる、目に見えない神様。

『神はわれらの逃れ場、我らの力。

苦難の時のかたわらの助け。』詩編46編1節

社会もそうです。学校もそうです。

テレビやメディアが言うことを、うのみにしていたら、私たちの存在は、ロボット君のようになってしまいます。

社会のやり方、学校の在り方、すべてが問われてきます。

神様からの視点を、聖書から教えていただいて、色々と思いめぐらすのです。

そうすることで、本当の真実を語るニュースサイトに出会えたりするのです。

http://rapt-plusalpha.com/

本当の真実は、恐れという感情がくるものではないはずです。

自分の意思を選んだら、それと一緒に『恐れ』もなくなり、平和な考えと平和な自分がそこにいることに、気付きます。

だから、聖書をたくさん読んでください。

世の中が平和になるためには、祈りが必要だからです。

神様。

今日、結婚の中で苦しんでいる人がいたら、その人に平和を与えてください。

その人の涙を覚えてくださり、一緒にそばにいてください。

そして、愛せない人を愛するという選択をして、知恵と力を与えて下さい。

今日、命を与えてくださり、寝ることも食べることもでき、ありがとうございます。

孤独を知ることは、あなたの存在を知ることでした。

私をあらゆる言葉の暴力からお守りください。

ありがとうございます。イエス様のみ名によってお祈りします。アーメン。

あなたの人生、捨てたもんじゃないです。

どうか、今日を精一杯生きるという意思をもって、悪に立ち向かうことができますように。

素敵な日をお過ごしください。

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