信仰によって生きる

一同が群衆のところへ来ると、ある人がイエスに近寄り、ひざまづいて、言った。

「主よ。息子をあわれんでください。発作でひどく苦しんでいます。何度も何度も火の中や水の中に倒れるのです。

お弟子たちのところに息子を連れて行きましたが、治すことができませんでした。」

イエスは、お答えになった。

「なんと不信仰で、ゆがんだ時代なのか。いつまであなたがたと共にいられようか。いつまで、あなたがたに我慢しなければならないのか。その子をここに連れてきなさい。」

そして、イエスがお叱りになると、悪霊は出ていき、その時、子供は癒された。

弟子たちはひそかにイエスのところに来て、

「どうして、私たちは悪霊を追い出せなかったのでしょうか」と言った。

イエスは言われた。

「信仰が薄いからだ。よく言っておく。もし、からし種一粒ほどの信仰があるなら、この山に向かって、『ここから、あそこに移れ』と言えば、移るだろう。

あなた方にできないことは何もない。」

マタイの福音書17章14節~21節

これを読むと、ファンタジーでも見ているかのように思えてきます。

しかし、現実に『悪霊に取りつかれた』人とは、存在しているように思います。

例えば、自分で自分をコントロールできない人とか、いきなり怒ったり、突然気が変わったりする人。

そして、私もコロコロ気が変わり、疲れやすいし、愚痴ばっかり言う『癖』みたいなのもあります。

色々と検証をしていくと、『突然』来たり、恐怖に襲われたり、いい言葉で重ねて言い訳をつらつら言えたりすることは、『悪霊』に取りつかれたときなのかもしれません。

眠れない夜とか、緊張していて食事も通らない時、あなたは何をしますか?

悪霊を見過ごしてはいけない

悪霊は存在しています。同じように聖霊もです。

この世界は、目に見えるものがすべてのようになっていますが、見えない力が働いているのは確かです。

だから、その世界に気づいたとき、その霊を呼ばないようにするのです。

イエスキリストのお名前によってでしか、悪霊は追い出せないからです。だから、聖霊が分かる人には、悪霊もわかります。

そしてその見分け方は、聖書に書かれています。

肉の行いは明白です。

淫行、汚れ、放蕩、偶像礼拝、魔術、敵意、争い、嫉妬、怒り、利己心、分裂、分派、妬み、泥酔、バカ騒ぎ、その他このたぐいのものです。

これに対し、霊の結ぶ実は、愛、喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、柔和、節制であり、これらを否定する律法はありません。

キリストイエスに属する者は、肉を情欲と欲望と共に十字架につけたのです。

私たちは、霊によって生きているのですから、霊によってまた進もうではありませんか。

ガラテヤ5章19節~25節

テレビを観ていると、そういう争い話が絶えません。そして、聞いている方もハラハラしてきたり、テレビを最後まで観ないと気が済まなくなります。

そこに、悪霊の力があるのです。

あなたを神様からはなれさせてしまうマジックが、かくされているのです。

だから、なるべく近寄らない方が良いです。見ない方がいいです。

幸せになるために~~をする、とか、ヒーリングとか、癒しとかも、悪霊が隠れています。

イエスキリストのみ名以外は、悪霊を追い出すことができないから、やはり近づかないようにしましょう。

自分の中に悪霊がいると分かるとき

この世の中は、悪霊によって洗脳されている世界なので、世の中の物を見ていると、やはり目が回ってきます。

そして、テレビやニュースから心配ごとが増えて、学校のお便りや友達関係の表情からも、心配ごとは増えていきます。まして、今の時代、少しでもくしゃみや鼻水が出ただけで、ばい菌扱いされます。

では、どうやって心配しないで、心にいつも平和で居られるのでしょうか。

それは、聖書のみ言葉でしかないのです。

前にも書きましたが、言葉には力があり、生きる力があるのです。

そして悪霊を追い出すことができるのです。

私は、油断すると、すぐ疲れてしまって、何もできなくなったりするのですが、イエスキリストのみ名によってお祈りすると、力をいただくことができます。本当なのです。

天の神様。

私の中に今、悪霊がいます。この悪霊が私を疲れさせ、何もやる気も起きないようにしています。

イエス様のお名前によって、悪霊を追い出してください。

イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン

ただ神様にそのままをお祈りしてみてください。

神様が自分を造り、神様が人生に介入してくださったことを、毎日気づくのです。

そうしていうちに、悪い考えや想い、心配事が、少しずつ消えていき、日常の疲れもなくなっていくのを感じます。

その人の実でその人が分かる

色々な人がいますが、なるべく悪霊に取りつかれた人とは、接しないようにしています。

とくに霊感が強い人にとって、悪霊に取りつかれた人とずっといると、とんでもなく疲れるからです。

その人の考えや、その人の歩まれた時間は、その人が創り出している『実』にあると思うのです。

愛の人なのか、平和な人なのか、親切なのか。

見かけでは分からなくても、話している音(長調とか短調とか)で分かったり、目の輝きが無かったり、自分の話ばかりして、他人の話を一切聞かなかったり。

色々判断材料はあります。しかし、一番は神様が教えてくださいます。

私は、色々な人に『話聞いて~』『愚痴聞いて~』と、言われ、いわばカウンセリングのような友情関係がたくさんありました。

どの人も、私の悩み悲しみには、興味なく、自分の話をして、スッキリして、帰る、という友人ばかりでした。

だから私は、お休みの日は、本当に誰にも会いたくなくて、一人で部屋に閉じこもることをしていました。

一人でいても、『あの子、どうなったかな』『あの人、今どうしてるのかな』とか、考えてしまって、全然休めず、しかも他人の悩みが自分の悩みになるという、悲惨な時間を過ごしていました。

でも、ここも神様のご計画があり、私に訓練をして、さらに神様のために働く者と変えてくださっています。

人生、本当に色々あります。一人一人が同じではないのです。

しかも、敵でもないのです。

悪霊が、どれほどの人の人生をめちゃくちゃにしてしまっているのかを、声に出して言わないといけません。

悪霊を追い出して、正気になったとき、この生きている喜びを味わえるのです。

今日も、悩んでいる人がいたら、神様にお祈りしてみてください。

平和がありますように。

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