聖書にでてくるマルコさん

久々にダンナさんと、デート。

といっても、寒いから一緒にランチ食べにいった~。

久々のスープカレー!

北海道は、冬はスープが一番です。一週間に何回もスープ作ります。

そんで、スープカレーは、ダシとかスパイスとかあって、お見せによって味が違います。

ラーメンのスープにもこだわるお店があるように、スープカレーもオヤジによって味が違う。

函館に住んでから、こちらのお店、最高大好き~。

ですが、調べるとチェーン店で、札幌にも小樽にも、旭川にもあるという…

なんだ、函館オリジナルじゃないんだ。

と言いながら、何度もリピートしてます。

マルコの福音書を読み解く

このマルコさん、若すぎでなかなか信用を得られなかったらしい。

パウロの手紙や、ペテロの手紙にも、度々出てくる人なのですが、初めはキリストの弟子たちから、信用されなかった。なぜなら、パウロと伝道旅行へ行った先で、家が恋しくなって一人チームから外れて、お家に帰ってしまったから。

それから、改心して、キリストの教会のために働くわけだけど、最後には信用も回復して、使徒たちから可愛がられる存在になった。そして、この福音書を書いている人。

それで、マルコの文章の書き方を読むと、他の福音書の人に比べて、淡々と出来事を書いている感じがするのです。

でも、分かりやすい。文章も長ったらしくない。

表現もそのままを見たかのように、書かれている。

マルコは、いったいどんな人で、どんな風に話をする人だったのだろう。

そんな想いをもって、読むと、聖書が面白くなってきます。

きっと言語で読んだら、時制がもっと分かる気がするのです。

そのとき、そのあと、そして、それで、などの使い方で、その日の出来事の時間が分かってくるからです。

マルコさんは、Markと英語で言います。

Markとは、一体どんな意味のなんでしょうか。

へブル語になると、どんな意味なんだろう。

結局、マルコさんは、一人の人間で、キリストに出会って、魂が救われて、他の人の魂も救いたいという深い思いがあって、それで福音書を書いたんじゃないかな。

私も、このブログを、一人でも落ち込んでいる人がいたら、元気になってほしいと、願って書いているので。

なんか共通する気持ちが重なって、マルコさんが好きなのかもしれない…。

それからまた、イエスはティルスの地方を去り、

シドンを経てデカポリス地方を通り抜け、

ガリラヤ湖に来られた。

人々は耳が聞こえず口のきけない人を連れてきて、

その上に手を置いてくださるようにと願った。

そこで、言える派この人だけを群衆の中から連れ出し、

指をその両耳に差し入れ、

それから唾をつけてその舌に触れられた。

そして、天を仰いでうめき、その人に向かって、

「エッファタ」と言われた。これは、「開け」という意味である。

すると、たちまち耳が開き、舌のもつれが解け、はっきりと話すようになった。

マルコの福音書7章31節~35節

例えば、「エッファタ」が「開け」という意味である、とマルコは書いています。

他の福音書には書かれていないのです。

だから、イエス様が言われることが、読み手によく分かるのです。

マルコは、若かったからこそ、言葉の使い方や、分からない人の立場に立って、物事を上手に表現することができたのでしょう。

今日も、自分に気づけないことや、分かっていない物事があれば、神様に気づかせてもらえるように、祈ります。

素敵な日を。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です