恥ずかしがらないコツ

私は福音を恥としません。

福音は、ユダヤ人をはじめ、ギリシア人にも、信じる者すべてに救いをもたらす神の力です。

神の義が、福音の内に、真実により信仰へと掲示されているからです。

「正しい者は信仰によって生きる」と書いてあるとおりです。

ローマ信徒への手紙 1:16-17

こうして聖書から教えられていることを、blogでシェアできることは、本当にありがたいことです。

ブログというツールがなければ、自分はいったい誰に心の内を話すことができるのでしょう。

私は、基本恥ずかしがり屋です。

日本人は、みんなそうですね。人前で意見を言ったり、みんな同じ意見の中で、自分は違う意見を言うことが、勇気のいることになっている。そういった人種です。だから、同調圧力とか、すさまじい世界になっています。

話はそれましたが、自分は聖書のみことばを、堂々と語ることができない人です。

今も、女子グループでの会話で、自分はキリストを自分の救い主だと、堂々と言えるかと言えば、Noです。

だから、このブログの中で私は、堂々と聖書から教えられたことを語れることが、本当に幸せなのです。

なぜなら、聖書のみことばは、今の私にとって、生きていくための糧だからです。

辛いことがあっても、苦しい状況の中にあっても、右を向いても左を見ても、隣の人を見ても、不幸のどん底にしか見えない世界の中にあっても、「聖書」を読むことで、心が落ち着くのです。

もちろん、聖書はすべてたとえで書かれていて、それをひも解くには、あらゆる文献が必要になりますが、神様から与えられた「信仰」で、それをひも解いていくことが可能になるのです。

それは、お祈りの中で、教えられたり、み言葉の中で生活を通して教えていただきます。

まず第一に、心が「言葉」を欲しているのです。

そして、聖書のことばで、心が満たされていくのです。

神様は、本当に一人一人に、話しかけておられます。そしてそれが、その人に直接語られるので、みんな感じ方が違います。それで、聖書の言葉を通して、「霊の一致」があるのです。

私は、神様に助けてもらわなかったら、今ここにこうやってブログは書いていません。

神様の支え合って、こうして書いています。

だから、それを堂々とここに残していきたいのです。

知恵をいただく

日々、聖書を読むことで、まず心が安らかになっていくのが分かります。

そうしていくと、心で感じることができるのです。

どんな本を読んで、どんなに感動しても、その言葉が自分の人生にどんな影響をもたらしても、神様がいつも自分のそばにいる、と感じることができるでしょうか。

神様が、知恵をくださるのです。

人と話しているときも、自分で孤独を感じているときも、心がいつも平和で安定しているのです。

それは、聖書のみことばでしか味わえません。

神様からいただく平和は、人間が与えられるものではないからです。

テレビやラジオ、新聞を読めば、不安ばかりをあおります。

しかし、世界をまず造られた神様に目を向けることで、そんな恐れは全部嘘だと、気付けるのです。

私たちは、この世界で生きていく限り、目を覚ましていないと、いけません。まどわされるからです。

自分の弱さに、悪がつけこんでくるのです。

だから、自分をしっかり保っていくことです。

神様は必ず助けてくださいます。

目に見えない存在だからこそ、信じることができるのです。

そんな聖書を読んでみてください。

今日も本気で生きていきましょう。

Have a nice day!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です