【その5】ルネッサンスからバロックへ、オルガンの変化

こんにちは。久々のオルガンシリーズ書いていきます。

前回までは、ストップのあれこれと、その深さと、想像で自分の理解を書きました。

今回は、ザ・バロックを取り上げてみようと思います。

これは、本当に深いから、自分もまだまだ理解できていません。

ただ、あの大バッハは、大好きです。きっと、日本人はみんな好きな方多いと思います。

この手に持っている楽譜が、逆いっているのは分かりますか?

なぜ…。色々な研究がされていますが、このフーガが、逆さからも読めるらしい。

すべて完全な数で解読できるらしいのです。

知りたい人は、バッハについての文献を見てみてね!

バロック時代のオルガン

まさに、オルガン音楽の全盛期です。17世紀から18世紀ころになります。

16世紀の「宗教改革」によってもたらされたプロテスタント教会における、新しい音楽の始まりでした。

このオルガン音楽は、のちの時代の音楽家がお手本にするような作品になっていきました。

トリック教会

中心であるイタリアから、

フレスコバルディ、メールラ、トラバーチなどの作曲家が、ルネッサンス音楽の延長のような音楽を展開。

フレスコバルディの作品から、

南ドイツのフローベルガー、ケルル、ムッファトたちを通じて、大バッハへと影響。

ドイツの作曲家から、

フランスのオルガニストへ影響。

プロテスタント教会

アムステルダムのスヴェーリンクが、「オルガニスト製造家」と言われるほど、多くのドイツのオルガニストを教育。

その影響は、「北ドイツオルガン楽派」と呼ばれる、

シャイデマン、ヴェックマン、ラインケン、シャイト、ベーム、リューベックたちを育成したそうです。

宗教改革がもらたした音楽

オランダでは、スイスのカルヴァンの影響で、儀式的なものをすべて教会から排除しました。

合唱団もオルガンと一緒に追放されました。

それにより、音楽のない礼拝が、何年か続いたようです。

その後、礼拝堂の後部2階に大型のオルガンを再建するようになり、オルガニストを任命し、礼拝の前後に演奏会ほどの演奏がなされました。

会衆が旧約聖書の詩編を歌うのをリードし、だんだんと礼拝の中にオルガンが加わり、コラールや詩編などの歌の前奏や伴奏をするようになりました。

「中世の不完全な楽器がなくなり、

新しい良い楽器が教会に導入されたことはオルガン音楽の進歩に、非常に役立った。」

シュヴァイツァー

オルガンの装飾

それまでは、天使や聖人の像だったのが

「竪琴を弾くダビデ」に変わっていきました。

聖書の「詩編」がどれほど礼拝の中で重要であったかを、示しています。

大型オルガンを入れる大きな理由

周囲が礼拝後に、うるさくなり、(人々がおしゃべり好きは今も同じ)、礼拝の雰囲気を乱すことがあったので、オルガン演奏を要求されたようです。

特に、後奏は、音量の大きな曲を要求されたようです。

さらに、大型オルガンが残響時間を短くする吸音の作用があり、プロテスタント教会の中心である「説教」を聞きやすくするためでもあったようです。

オランダでは、説教壇とオルガンが同じデザインで作られたこともあり、オルガンが礼拝の進行をつかさどる役目も果たしました。

ドイツにおける宗教改革

ルターによって指導された人々が、中心となりました。

ルター派の音楽は、新しく造られたコラールを会衆が歌うことが、とても重要とされました。

会衆がコラールを歌えるように、合唱団やオルガンが役目を果たし、前奏や伴奏にも音楽的な工夫がなされていきました。

ルター派の新教会は、カトリックの典礼的なものを残しており、多様な音楽を使って礼拝が持たれました。

特に、バッハがいた地域のザクセン地方では、説教前にカンタータの演奏があり、それは20分ほどにも及んだそうです。

ドイツのプロテスタント教会においてのオルガンは、礼拝音楽の指導的な役割を担っていました。

オランダの≪ニーホフ型≫

ニーホフは、当時のオルガンビルダーで、「オルガニスト製造家」と呼ばれた、スヴェーリンクがニーホフのオルガンを演奏していました。

スヴェーリンクの弟子たちは、師のオルガン音楽と一緒に、このニーホフオルガンを欧州各地に広めていきました。

ニーホフ型の特徴

「ポジティフ」と対応している「大オルガン」が、上下二段の風箱で分離されているのです。

下部は、プリンシパル系のブロッグヴェルク、

上部は、フルートやリードのパイプを備えていました。

はじめは、この二つの部分が一つの鍵盤で演奏されたのですが、

のちに、上部にもプリンシパル系のパイプが備えられ、専属の手鍵盤を持つようになりました。

上部鍵盤(オーバーヴェルク)と、主鍵盤(ハウプトヴェルク)の二つになります。

北ドイツの≪シェラー型≫

上記写真、ニーホフ作「ブラバント型」のオルガンが、多く受け入れられたのが、北ドイツです。

このニーホフ作の「ブラバント型」に、足鍵盤のストップのパイプを集めました。

このオルガンビルダーが、シェラーという一族で、とても有名です。

上と下にパイプ郡があり、横にも耳の様に大きなパイプがあります。

そして装飾が、半端ないですね。

写真では見えにくいのですが、鍵盤にも装飾があります。

一体型アートですね。音と芸術の混合~、これを持って礼拝をささげるのですから、どれだけのお金と労力、そして精神力が必要になるのか…。オルガニストも、毎週プレッシャーです。

シェラー型から始まる足鍵盤

北ドイツのオルガンの特徴として挙げられるのが、

足鍵盤。

低音部が増えたのです。足鍵盤が独立した倍音構成をもつようになり、各地に大きな影響を与えました。

また、足鍵盤の大型になり、足先とかかとと両方を使って演奏されるようになりました。(それまでは、足先だけつかっていました)

まとめ

まだまだ歴史は深く、地域によってもオルガンの鳴り方やデザインも全く違います。

でも初めの一歩は、同じ目的で同じ神様を礼拝するためだと思うと、さまざまな様式ももっと知りたくなります。

今回は、かなり専門的な言葉も多く、眠くなってしまう記事かもしれませんが、バロック時代のオルガンと音楽を説明するには、ここをおさえないといけないので、頑張ってください。

私も、正月早々、眠いのですが(爆)、オルガンのことをもっと調べていきます。

ちなみに、オルガンビルダーの夫は、今新しいプロジェクトに精神をつぎ込んでいてます。

パイプオルガンを、一から作り上げる、その工程は、本当に興味深く、そして頭の中がパンクしそうなくらい理解に苦しみます…。が、ビデオを撮っていますので、完成後にシェアできたらと思います。

オルガンは、国によって、宗教によって、神様を礼拝する方式が変わっても、人々の心に直行便で入ってきて、人々の信仰の助けとなり、礼拝の導き手として、常に音が変わっていきました。

人々の心に寄り添う音として、時に大音量で人々の背中を押して、日常でまた頑張れるように、力をくれます。

だから、コンサート用のオルガンとか、教会のオルガンとか、練習用のオルガンとか、現代では色々あるけれど、演奏者の心がまず、神様の信仰の土台に立っているのかどうかが、問われるのです。

私は、一人のオルガニストとして、オルガンは、神様を賛美し、神様を表現し、その力がみなぎっている楽器だと思うのです。

次回も、歴史をひも解いていきます。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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