引っ越し大移動

こんにちは。みつこです。

久しぶりのブログアップです。

実は、子供たちの学校のため、家族で函館へ引っ越しました。

家族四人分の引っ越し作業は、果てしないエベレストを登るような気持ちになり、近くに住む友人たちは、ずぼらの私に対して、愛をもって、忍耐をもって、励まし支えてくれました。

3月の引っ越し費用は巨額

まず、引っ越し屋さんに(5社)見積もり依頼をしたところ、もともと住んでいたところが田舎のため、回答をもらえた会社が2社でした…。

もうこの時点で、ヤバいの一言。

2社のうち、1社はもう3月中の引っ越しは無理だと言われ(2月中旬の時点で)、たのみの最後の1社は、見積額80万は余裕で超える…と。

ということは、我が家引っ越し代で100万円近く払わないといけない。

ダンナさんと顔を見合わせ、営業マンさんごめんね、帰ってもらいました。

自分たちでできることはやる

ダンナさんが、トラックを運転できるので、早速レンタルトラックで、ニセコ函館間を往復しようと決めた私たち。

さて、この決意がどうなるか。

やってみないと分からない。

一番の心配は150キロくらいある小型のピアノ。ベッド付きソファ。男性4人で持ってもきついと思うの。

その時その時に必要な助け、って本当に与えられる。

その日その日、お助けできる友人たちが、集まってくれた。(多い日で、男性3名と女性2名)

引っ越しは結局3日間かかった。

片道170キロの道のりを、ダンナさん運転のトラックと、お助け友達をひきつれて、私の運転で2台走り。

一日目は、時速60キロで行っちゃったもんだから、走行時間がきつかった。

二日目は、ダンナさんのトラック運転が慣れてきたから、とばしたよ。

3日目は、もう2台走りせず、それぞれ自分のペースで運転したよ。

最後、いよいよ引き上げの時は、ダンナさんも私も、春の日和で眠くなり、ずっと一般道で函館へ行ったよ。危ない運転だった。

北海道はでっかい。

だけど、友人たちのおかげで、なんとか大移動を完了することができたんだ。

エベレストに見えたこの大きな壁も、超えてみたら、大きな自信に変わるんだね。(もうやりたくないけど)

ダンボールだらけの生活

大きなヤマは、家の中にあった。

そう、ダンボール。

どこから崩そうか、どこから必要なのか。まったく分からない。

しかも、ニセコの家で一回も開けていなかったダンボールがたくさんあった。

ドイツから引っ越してきたダンボールをそのまま置いておいてしまったからだ。

函館の家では、全部のダンボールを開けて、必要なものと違うものを分けようと決意したけれど。

未だに、全部は開けられない。

そんな中、入学式や始業式が始まり、学校で必要が次から次へと「さがしもの」と化した。

母として、守らなければならないものは、家族の健康!

とにかく、免疫つけて、とにかく、笑いを届けたい。

やはり。

スイーツは欠かせない。

毎日が特別だから、と言いながら、自分が一番楽しんでる。

娘の入学式には、奮発しちゃって、素敵レストランへ。

最高だね。

自然と笑顔になりますよ。

あ、母としてのわたくしが。

とにかく、毎日を繰り返す

新しい土地で、新しいご近所さまと、新しい仲間になっていくということは、日常がとても大事。

そして当たり前が、当たり前ではなかったということ。

ニセコで出会った友人たちは、ここにはいない。

新しい出会いがあるのは、わかっているつもりだけれど。

気持ちがおいつかないので、ただひたすらにダンボールの中で生活して、自分のソウルが落ち着くまで待つ。

麻ヒモバッグが編みたくなるまで、待つ。

ピアノが弾きたくなるまで、待つ。

人が旅に出るのは、帰る家があるから。

家とは、本当に重要な場所。

帰る家があるということ。そこに安心があり、そこに家族があるのだ。

文章にして、気持ちを整理しているのも、大事なこと。

母として、妻として、女性として、人間として。

Pay it forward.

助けていただいたことを、また他の人を助けていくことで、お返しをする。

そうしていく中で、また自分を助けていただける。

ぐるぐる循環しているんだ。

今回の引っ越しで、3人の素敵な女性にお知恵と力をいただいた。

お夕食をお弁当にして持ってきて頂いた。

「ただいま」と帰ったら、友人が夕食を持ってきてくれた。

「ただいま」そして「いただきます」のフルコースは、本当に贅沢な気持ちになれる。

ありがとう。

家の中の汚い水回りや、ほこりまで、私たちが函館へ往復中に、きれいに掃除をしてくれた。

「ただいま」と帰ったら、家がピカピカになっていた。

またまた、ありがとうの気持ちで満たされた。

あとは、寝るだけ、と思うだけで、どんな贅沢な気分になれるだろう。

本当にありがとう。

私は、こうして助けられたことを、また新しい出会いの中で、助けていきたいと思った。

日々の冒険の中で、友人から教えられることが、多くある。

ただただ、生かされ、生きる使命を一生懸命にやりぬくこと、それが今の私である。

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