犬への愛情

昨日はブログ更新できなかったので、昨日の愛犬サムの散歩の様子もアップします。

昨日は3℃くらいあったのですが、今日は吹雪でマイナス7℃くらいの気候でした。

そして今日の五稜郭公園。

さぶーー(寒)

もう凍えました。しかも自分のはいているブーツから雪が入って来て、もう…凍るの巻。

そして秋田犬は、寒さに強いのです。

今日のサム。

でもね、こんなはしゃいでいる秋田犬も、家の中に入るとストーブの特等席を一人占めしてます。

そこにいたら真夏より熱いだろ!と突っ込みたくなるのですが。

とにかくどこへ行っても笑顔でいてくれるので、良しとしました。

サムのごはん

サムのご飯は、生後3か月ころから、少しずつドッグフードに混ぜてお野菜や肉をクタクタに煮たのをあげていました。

なぜならドッグフード(乾いたフードも缶詰のフード)を食べると、毛並みも悪く、すぐにべたべたの毛になって、体臭もひどく、すぐにシャンプーしなきゃ、というサイクルになっていたからです。

悩んでいた時に、犬の手作りフードの本と出会い、本に書かれている通りにやってみようと、頑張りました。

はじめは、食いつきも良く、1歳超えるまでは、ベビーフードのようにお野菜を全部ミキサーにかけてドロドロにしてあげていました。

毛並みもきれいになって、自分がやっていることは大丈夫なんだと思っていました。

しかし、秋田犬特有なのでしょうか。

お肌が弱いのです。

お野菜のどれかがアレルギーがあるのかもしれないと思って、荒れてしまったお肌を診てもらうため、病院へ行きました。

そしたら、ドッグフードの試供品を山のようにくださり、どれが合うか試してみてください、と。

ドクターいわく、他の食事はあげないで、この中の試供品と同じものを買って、一週間ためしてみて。

え~~!!

無理だ!

と心で叫びました。

体重28キロあるのに。こんな山のような試供品をあげても、どれがアレルギー反応の食事なのか、全くわかりませんでした。

しかし、そこからドクターがくださった、試供品と同じメーカーのフードを買って、あげるようにしました。

が、食べない…

フードを全く食べなくなってしまったのです。

アレルギー反応起こしてしまう覚悟で、また手作りフードをあげました。

少しは食べてくれますが、肌がかゆそうで、かわいそうでした。

そんな時に、ネットで目に入ってきたのが、サプリメント。

食のアレルギー反応ではく、栄養が足りていなかったのでは!と直感で思いました。

早速サプリメント購入して、ごはんとあげました。

そしたら、少しずつですが、治ってきたのです。

赤くはげてしまった皮膚に、もう一度新しくふさふさの毛も生えてきました。

そして、手作りフードもまた食べてくれるようになりました。

犬、って言葉がないけれど、目とか、顔の表情で、何を言いたいかよくわかります。

だから、かわいいのかも。

人間は、そんな犬の表情を見て、勝手解釈して、勝手に愛情をそそぎまくるのです。

神様から見た人間も、また同じなんだろうな、と感じました。

ピアノとオルガン

ただいま、ピアノを猛練習しています。

師事している先生の門下生たちで、勉強会があるから。。。

ベートーベンソナタ「悲愴」をやっていますが。

まだまだ深すぎで、理解できていない…

ピアノに没頭していくと、オルガンが弾けなくなるのです。

ピアノの弾き方とオルガンは、全く別です。

ピアノはたたいて鍵盤を弾きますが、オルガンは、空気を送るように押しながら弾くのです。

ペダルの使い方も全く違うし…

なので、今週はピアノの週間として、ピアノに集中しようと思っています。

オルガンを楽しみにしている方、ごめんなさい。

ピアノを通して深く勉強して、もっと上へ行けるように頑張ります。

自分は、演奏しているときに「雑念」に良く襲われます。

(きょうのご飯どうしよう)

(あの人どうしてるかな)

(世界で起きているニュースはやばいな)

とか、色々考えるのです。そうすると、神様への賛美どころではなくなり、めちゃくちゃな演奏になっていることが良くあります。

これを超えたいのです。

100%心の底から、神様を賛美したい!

神様だけを考えて演奏したい!

だから、ピアノでもオルガンでも、自分の演奏する姿勢について、本当にもがいてもがいて、変えていただきたいと、お祈りしています。

心から演奏できる人の魂って、すごくピュアなんだろうな、そしてそこに神様のお部屋があり、そこに神様の業が成されると、思うのです。

だから、プロってすごい。

自分もそんな人間になりたい、と心からねがっています。

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